奥州市民の皆様のかかりつけ議員 渡辺明美さん
本日のゲストは、奥州市議会議員の渡辺明美さんです。
http://www.akemiwatanabe.jp/
(渡辺明美議員のHP)
渡辺明美さんは、「市民の皆様のかかりつけ議員」
をモットーに、日々笑顔でエネルギッシュに
活動されている方です。
そのパワーの源を伺ってみましょう。
ではインタビューをお聞きください。
◆ 最初に議員になられるまでの経緯をお聞かせください。
今思うと、子供時代というのはすごく大切だと思うのよ。
私の父は、小さい娘相手に、いつも夢を話していたのね。
・ こんな仕事はおもしろいとか
・ こんな風になったらいいとか
・ こういう政治だったらすごいとか
日常会話の中で、いつも言ってた気がするのね。
会社をやるときもそうだったけど、
いとも簡単に会社が起こせるような、
何でも簡単にできるような、
そんな環境が私のなかにあったんだと思う。
学校出て、入った会社が倒産して、
父のいた農協に入ったのね。 そこで
・ 人とのつながり
・ 地域を大切にすること
を学んだのよ。
地域の人たちは、父に世話になったからと
本当によくしてくれたのよ。
人のつながりというものは、ありがたいものだと
思ったね。
ここで人とかかわりをもって生きていくことが
楽しいことだと思ったね。
それから父が、縫製工場を別に建てたのでその縫製会社を
まかされることになったのよ。
父のとこらからの仕事だけやっていればいいのに、
私も意地っ張りだからね(笑
やるからには独立して自分でやりたいわけで・・・・
なんだかんだ20年、会社やって
49歳のときだったかな、息子にまかせたのよ。
まかせたからには、いっさい手を引いて
私は何かボランティアでもやろうと思ってたのね。
そのとき選挙があって、議員の話がきたのよ。
どういうわけだか不思議なくらい、
自分の中で違和感がなかったのね。
悩むこともなかったかな。
ボランティアやろうと思っていたわけだし、
議員もボランティアだなーと思ってね。
◆ 議員になられたとき、やろうと思っていたことは何ですか?
教育や女性・子育て支援ですね。
でもね、最初議員になったら
日頃思っていることや、考えていること何でも
簡単に言えると思っていたのよ。
それがなかなかむずかしい!(笑
今考えると、はずかしことだらけよ。
行政の中での物事の運び方とか、段取りだったり
本当に知らなくて・・・・
慣れるまでに少し時間がかかったかな。
旧胆沢町では2人目の女性議員で、
まわりも、しょうがないなーと思っていたと思うけど、
いろいろな人に教えてもらって、育ててもらったのよ。
◆渡辺さんの考えるこれからの奥州市の方向性は?
教育や人を育てることにお金がかけられる地域だったらいいですね。
改革というのは、システムやマニュアルを変えることだから
時間もエネルギーも必要。
市民の皆さんの要望の方向に変えていくには、
・ まず市民の皆さんの協力が必要
・ それから行政の理解と協力
・ それではじめて条例にかかり
・ そこで議員の皆さんの理解と協力
いかに人間関係・コミュニケーションが重要か。
理解してもらうには、説明するしかない。
納得してもらえるまで、何度も何度も説明するしかない。
わかってもらえないからと、あきらめたら何も変わらない。
◆ 渡辺さんのそのエネルギー源は何でしょう?
一人でも応援してくれる人がいたら、それがエネルギーね。
行政のしわ寄せは、だいたいにおいて市民にくるでしょう。
私は、地域の人に育ててもらったから、
少しでも役に立ちたいと思って、議員をやっているのだから、
"がんばれ"といってくれる人が一人でもいたら頑張れるかな。
◆では最後に子供たちにメッセージをお願いします。
私が生きてきて、一番大切だと思うことはコミュニケーションですね。
・自分を伝える方法を学ばないといけない。
・人を理解する努力をしないといけない。
仕事をするということは、コミュニケーションをとるということ。
人とのかかわり合いにマニュアルはないからね。
生きていくということは、
・ 人から助けてもらって
・ 人の助けになって
いくことだと思うのね。
人とのかかわりがあるから、成長できるのよね。
そういうコミュニケーション能力が、人の"質"になる。
これからは、人も企業も"質"の時代だと思うよ。
そういう教育が必要よね。
教育というのは、時間のかかることよ。
家庭の中でも、会社でも、行政もみんな同じ。
まずやってみせて、根気よく・・・かな。
■編集後記
ますますパワーあふれる明美さんでした。
企業家としての考え方やあり方、
政治家として行政のことを
楽しく・わかりやすく教えていただきました。
本当はこの3倍はお話いただいたのですが・・・
書ききれなくて本当にすみません。
学校でこんな授業があったら、楽しいだろうなあと
思いました。
(C) 2010 奥州市の未来が変わる・キーマン100人インタビュー